Essay
働きアリは楽園の夢を見る
世の中の仕事というのは、だいたい流れを分けて、型を作るところから始まる。
何を受け取り、どこで判断し、次に何を渡すのか。それを決めておけば、毎回すべてを考え直さなくて済む。
こういう話をすると、すぐ効率化の話になる。
しかし、標準化は効率のためだけにあるのではない。働く人のためにもある。
型がなければ、ほとんどの人はまともに仕事ができない。世の中を見渡せば、だいたいは働きアリか二等兵である。
僕を含めて。
全員がその場で正しく考え、気を利かせ、例外にも対応できることを前提にした組織は、たぶん組織のほうが間違っている。
もっとも、生産を全部機械がやってくれるようになれば、この辺りの話もどうでもよくなる。
人間は働かず、楽しく過ごすのが仕事になる。
そんな世界が本当に来るなら、共産主義だって案外できるのではないか。
分けられるものが無限にあるなら、誰がどれだけ取るかを決める必要はない。足りないから順番を決め、値段を付け、見張りを置くのである。
空気には配給所がない。
空気を独占しようとする人間も、通常はいない。
宇宙船なら、居るだろうけど。
宇宙船では、空気は重要な資源になる。勝手に使われても困るし、漏らされればもっと困る。地球では無料だったものが、壁を一枚作った途端に管理対象になる。
大気汚染のひどい街では、きれいな空気が商品になることもあるらしい。
人間は空気まで売り始めた、と言うこともできる。
しかし、あれは街が少し宇宙船になっただけではないか。
空気を缶に詰める技術が悪いのではない。外の空気が、そのまま吸ってよいものではなくなった。地上にいるつもりなのに、いつの間にか生命維持装置の側へ一歩近づいている。
人間は宇宙へ行かなくても、宇宙船を作れるらしい。
しかも、みんなで少しずつ作る。
機械の性能がこのまま上がっていくなら、最後に問題になるのは資源とエネルギーだと思う。
電気が十分に安ければ、海から資源を採ることも、ゴミを元へ戻すことも、今よりずっとやりやすくなる。再生可能エネルギーでも核融合でも、その辺りがうまくいけば、かなり景気のよい話になる。
ただし、エネルギーは使えば熱になる。
どれだけ上手に作っても、最後は熱を外へ捨てなければならない。
地球も結局は、ずいぶん大きな宇宙船である。
壁が遠いので、普段は忘れていられるだけだ。
完全な楽園が来るのかは、僕には分からない。
すべての問題を機械が解き、人間が何も困らなくなった世界を考えると、少し気になることもある。
エンジニアは何をするのだろう。
エンジニアリングは、問題を解く仕事である。問題を解けば解くほど、仕事の材料は減っていく。究極までうまくいけば、自分たちが必要とされない世界が完成する。
因果な商売である。
とはいえ、彼らは必要がなくなっても何かを作るだろう。
動けば嬉しい。誰にも頼まれていない機能を足す。普通に売っているものでは満足せず、自分でキーボードを作る。
仕事としてのエンジニアは消えても、作る人は残る。
その頃には、工学というより工芸になっているかもしれない。
世界がすっかり最適化されたあとも、彼らはたぶん、キーの並びを直している。