Essay
SafariだけのiPhone
いつからWebだけで、だいたい何でもできるようになったのだろう。そんな話をしていて、ふとiPhoneのことを思い出した。
iPhoneは、Apple IDを使わなくても最低限は動く。アプリのダウンロードはできないし、iCloudもApple Payも「探す」も使えない。それでも電話機として起動し、カメラがあり、何よりSafariがきちんと動く。
Safariが動くなら、今ではかなりのことができる。ニュースを読み、地図を見て、メールを開き、動画を眺め、買い物をし、ChatGPTとも話せる。昔なら「アプリを入れられないスマートフォン」など、かなり気の毒な代物だったはずだが、今はブラウザが一つ入っているだけで、それなりに文明生活へ接続できてしまう。
そこで少し話が妙な方向へ進んだ。Apple IDを入れないiPhoneは、普段使っているApple上の人格から切り離せる。通信はeSIMでもよいし、物理SIMのプリペイドという手もある。いっそSIMを入れず、Wi-Fiがある場所でだけ起きる端末にしてもよい。
さらに、端末そのものもApple Storeで新品を買う必要はない。ソフマップあたりで、適当な中古iPhoneを現金で買う。会員証もポイントカードも出さない。箱から出してApple IDを飛ばし、Safariだけを使う。
もちろん、それで透明人間になれるわけではない。端末には固有の番号があり、店には在庫記録があり、通信先にはIPアドレスが見える。公衆Wi-Fiにも管理者がいるし、いつものGoogleやChatGPTにログインすれば、その瞬間にいつもの自分へ戻る。
ただ、匿名か実名かという二択ではなく、普段の自分につながる線を一本ずつ抜いていく遊びだと考えると、わりと面白い。Apple IDを抜き、携帯契約を抜き、クレジットカードを抜き、日常のアカウントを抜く。そうすると、完全な無名ではないが、誰のものとも簡単には言い切れない端末が一台できる。
そして、その妙に身軽なiPhoneでも、Safariを開けばChatGPTが動く。文章を書かせたり、調べ物をさせたり、暇を潰したりできる。端末にはほとんど何も入っていないのに、画面の向こうにはかなりの機能がある。
昔の個人サイトを見ていたころ、Webは世界を覗く窓だった。今では窓の向こうに、道具箱も事務机も娯楽室もある。中古のiPhoneを一台拾ってきてSafariを開くだけで、そこに小さな別人格まで住ませられるようになった。ずいぶん妙なところまで来たものだ。