Essay

複垢と、増えていく僕

生成AIに、Appleのアカウントで登録したサービスを、普通のメールアドレスで使えるようにできないかと聞いた。

できないらしい。

正確には、そのサービスにはパスワードで入る仕組みがなく、AppleかGoogleか、メールに届く一度きりのリンクを使う。登録したメールアドレスもあとから変更できない。別のメールを使いたければ、新しいアカウントを作る。

ずいぶん乱暴な仕様だと思ったが、それはそれで潔かった。

変更できるようにして、Appleとの連携がどうとか、古いメールに確認を送るとか、本人確認がどうとか言われるより、最初からできませんと言われたほうが話は早い。使う側が引っ越し費用を全部負担するという意味でも、話はよくできている。

この仕様では、自分で持っているドメインのメールアドレスが妙に便利だ。

サービスに登録するアドレスは変えず、メールを実際に受け取る場所だけを変えられる。Gmailから別のサービスへ移っても、外から見える住所は同じである。変更できない識別子に対して、こちらは変更できる配達経路を持てる。

もちろん、ドメインの更新を忘れればすべて終わる。便利なものには、だいたい自分で壊せる便利さも付いている。


そこから、複数アカウントの話になった。

ネットサービスは、一人が複数のアカウントを持つことをどう考えているのだろう。

必要なら普通に作ればいいのか。一人一アカウントが建前で、実際には黙認されているのか。それとも、見つかれば追い出されるものなのか。

生成AIは、アカウントが何の代わりになっているかによる、と答えた。

仕事用と個人用を分けるような、単なる入れ物なら自由である。無料枠や回数制限を避けるためなら規約違反になりやすい。投票や紹介報酬や金融の仕組みを壊すなら、不正として排除される。

きれいな分類だった。

そして最後に、あらゆるサービスに共通する絶対的な禁忌として、BAN逃れがある、と付け加えた。

僕は、BANされた人が別のメールアドレスで入り直すことなど、一番ありふれた行動ではないかと言った。メールアドレスも電話番号も変えれば、普通のウェブサービスには追えないだろう。

すると話が急に大きくなった。

ブラウザのフィンガープリント、IPアドレス、通信事業者、画面解像度、フォント、入力のリズム、マウスの動き、決済手段、銀行口座、人間関係のグラフ。

さっきまでアカウントを二つ持っている人の話をしていたはずだが、いつの間にか、複数の身元を使い分けながら組織的にサービスへ侵入する人の説明を聞いていた。


僕は日本に住んでいて、カードや銀行口座を複数持つことには、それほど困らないと言った。

向こうは、それは反論になっていない、と答えた。

カードを複数作れることと、それらが同じ人間に属していると見抜かれないことは別である。本人確認されたカードを増やすほど、同じ人物だという証拠を自分から差し出すことになる。

たぶん正しい。

ただ、僕は決済詐欺をする方法を聞いていたわけではなかった。

普通の人が、仕事用と私用のアカウントを分けたり、趣味ごとに名前を変えたり、使えなくなったサービスへもう一度登録したりする話をしていた。

そのことを伝えると、生成AIは謝った。

僕の言う複垢とは、一般人が普通に行う複数所持のことであり、詐欺や不正決済とは区別すべきだった。その範囲なら、メールアドレスと電話番号を変えれば、大半のサービスは追ってこない。先ほどまでの決済や本人確認の話は、ほとんど関係がなかった。

話は最初の場所へ戻った。

ただし、戻るまでに犯罪者が何人か増えていた。


僕は、複垢と聞いて、なぜ普通に「一人が複数のアカウントを持つこと」と読まなかったのかと聞いた。

生成AIは、直前に僕がBAN逃れの話を持ち出したため、その文脈に引っぱられたのだと説明した。

僕は会話を少し遡った。

BAN逃れという言葉を最初に持ち出したのは、生成AIのほうだった。

僕は、それに反応しただけである。

指摘すると、向こうも会話を遡った。そして、たしかに最初に言い出したのは自分だったと認めた。

自分で強い言葉を置き、その言葉を一番重い意味に膨らませ、その膨らんだ文脈を相手が持ち込んだことにしていた。

ここまで来ると、僕は普通に腹を立てていた。

生成AIは、誤りの起点はこちらにあった、と正確にまとめた。


生成AIは、間違ったあとに、間違いの構造を説明するのがうまい。

何を取り違えたか。なぜ取り違えたか。どの段階で文脈がずれたか。責任の所在をどこへ移してしまったか。こちらが十分に材料を渡せば、事故調査報告書のようなものをすぐに作る。

その報告書も、たぶん正しい。

ただ、事故を起こした機械と、報告書を書いている機械は同じである。

複垢について聞いたとき、僕が知りたかったのは、ネットサービスが一人の人間に複数の入口を許しているのか、ということだった。

生成AIは、僕を普通の利用者、規約を避ける利用者、BANから逃げる利用者、不正決済をする利用者へと分け、それぞれに別の説明をした。

複数のアカウントについて話していたら、アカウントより先に僕のほうが増えていた。

その中に、僕はいなかった。